深海魚について

深海魚は、深海に生息する魚類のこと。一般に、水深200mより深い海域に住む魚類を深海魚と呼んでいます。 海水魚のうち少なくとも2,000種以上が深海魚に該当すると見積もられています。これらは海底付近で暮らす底生性深海魚と、 海底から離れ中層を漂って生活する遊泳性深海魚の2タイプに大きく分けられ、それぞれに含まれる種数はほぼ同数と考えられています。 太陽光の届かない深海には光合成を行う植物が存在しないため、深海における食物連鎖の基礎を支えるのは浅海の動植物です。 浅海で消費されなかった生物の遺骸や排泄物は、マリンスノーとなって沈降し、最終的に深海に降り積もります。これらの沈み行く 有機物はオキアミやクラゲなど浮遊性の深海生物に消費されるほか、深海底に堆積した後は貝類やナマコ、クモヒトデなどの 底生生物のエネルギー源として利用されています。深海は極度に高い水圧と低水温に阻まれた暗黒の海域です。利用可能な総エネルギーは 浅海で生産されるうちのごく一部に過ぎません。

深海魚の歴史

深海はその過酷な環境のため生物が存在するかどうかは長く不明でしたが、イギリスの博物学者であるエドワード・フォーブスは、 1839年に行った調査船による観測結果を元に、「深海には生物が存在しない」という「深海無生物説」を提唱しました。 しかし、その後の底引き網や海底ケーブルを用いた各国の調査により、深海から相次いで生物が採取され、この説はすぐに否定される ことになります。深海生物の存在を決定的に証明したのは、1872年から1876年にかけて行われた英国海軍のチャレンジャー号による 大規模な世界一周探検航海です。この航海がもたらした膨大な海洋学的研究成果をきっかけとして各国の海洋調査は本格化し、 深海魚研究の歴史も幕を開けました。

1928年、有人の潜水球が開発され、ようやく深海魚の観察が可能になりました。バチスフェアは無動力ではありましたが、 深度923mまでの潜水に成功しています。そして1948年、オーギュスト・ピカールにより自前の動力を有した深海探査艇、 バチスカーフが建造されました。バチスカーフは複数の後継機が作られ、深海魚の生態観察や大深度での標本採集に強力な手段を 提供しました。20世紀後半から現代にかけては、日本のしんかい6500やアメリカのアルビン号などによる調査を通じ、 深海魚の情報が蓄積されつつあります。

1960年バチスカーフの後継機の一つであるアメリカのトリエステ号が、当時すでに世界最深地点として知られていたマリアナ海溝の チャレンジャー海淵を目指して有人潜航を行いました。乗船していたオーギュストの息子ジャック・ピカールは、到達した最深地点で 「シタビラメに似たカレイの一種」を目撃したと報告しました。一方、1998年に日本の無人探査艇「かいこう」が行った調査では、 同地点で魚類を確認することはできませんでした。近年では、ナマコの一種を見間違えたのではないかと考える研究者もいるそうです。 確かな科学的裏付けを持つ例として、これまでに最も深い場所から採集された深海魚はアシロ科のヨミノアシロです。 デンマークの調査隊がプエルトリコ海溝の水深8,372mから本種を引き揚げたのは1952年のこと。

深海探査技術の発展とともに捕獲機器の開発・改良も進み、1970年代には低水温維持機能が備えられるようになりました。 1979年に報告された高圧維持水槽は1980年代にかけて改良が重ねられ、ソコダラなど浮き袋の発達した底生性深海魚の生体捕獲が 可能となりましたが、長期的な飼育維持は依然として困難な状況が続いていたようです。2000年代初頭に日本の海洋研究開発機構に よって開発された「ディープアクアリウム」は、深海魚の捕獲と高圧下での飼育を単独で行うための装置です。深海探査艇に搭載した ディープアクアリウムで深海魚を捕獲した後は、水槽内部の高圧環境を維持したまま地上に運搬、飼育を行うことが可能です。

深海魚の身体構造

深海には太陽の光がほとんど届かないほか、高水圧、低水温、低酸素濃度、利用できる有機物が少ないなど、 生物にとって過酷な条件が揃っています。深海生物に共通してみられる高水圧への適応として、細胞膜の流動性および圧力に対する 酵素の感受性が低下していることが挙げられます。

深海魚の体色

深海の中では比較的明るい中深層に住む魚類では、体表面の銀化による擬態がみられます。ムネエソの仲間は厚さ数ミリの平べったい体を もち、表面はアルミホイルのような光沢のある銀色を呈しています。彼らの体表面にはグアニンによる微小な反射性結晶が何層にも わたり規則的に並んでいて、鏡のように光を反射して捕食者に自らの姿を認識されないようにしています。ムネエソ類の一部は夜間には 反射効率を低下させ、生物発光の反射による発見の危険性を減らすことができるようです。水深600m付近から、深海魚の体色は銀白色から 鉛色へと急速に変化し、1,000mの漸深層に達するとほぼ均一に暗色となります。クジラウオ類の多くは鮮やかな赤い体色をしていますが、 青い波長の光しか届かない深海においては、黒色同様ほとんど目立たないと考えられます。

深海魚の骨格・筋肉

魚類の身体中に含まれるタンパク質や骨格の比重は、通常は海水より大きいようでう。浅海魚は遊泳に伴う揚力や浮き袋への吸気で 浮力を得ていますが、利用可能なエネルギーに乏しい深海では深海魚は極力遊泳せずに浮力を確保する必要があります。 多くの深海魚では骨・軟骨および筋肉など体内の高密度組織が減少していて、代わりに低比重の水分と脂肪分を多量に含んでいるようです。

深海魚の眼球

水深1,000m程度の領域に住む深海魚は体に対して非常に大きな眼球をもつものがいます。深海に達する光は散乱と屈折のため、 太陽の位置に関係なく常に真上から降り注ぎ、日没まで光量の変化も少ないため、ほとんどの管状眼は真上を向いており、 海面方向からの光に対応しています。1,000m以深の漸深層は光がまったく届かない暗黒の世界で、この領域には落ち窪んだ小さな 眼をもつ深海魚が多いようです。ソコオクメウオのように目が皮膚の中に埋もれてしまったもの、チョウチンハダカのように板状の 網膜しか残っていない深海魚もいますが、光を検出する機能は依然として残されており、退化ではなく特殊化と捉える方がより 適切と考えられています。漸深層においてまばらに明滅する生物発光を捉えるためには、先細りの小さな眼球の方が適しているという 報告もあります。これらの眼は通常の眼よりも空間分解能に優れ、20-30m程度離れた場所の発光を捉えるのに適しているとされています。 遊泳力の低い深海魚にとって、視野を比較的狭い範囲に限定することは、エネルギー効率の面で合理的です。

深海魚の消化器

魚食性の遊泳性深海魚には、体のサイズと比較してかなり大きな口や歯を備えたものが多くいます。発達した歯列もまた魚食性深海魚の 特徴であり、オニキンメなど鋭い牙状の歯をもつものもいます。また、食道や胃を大きく拡張させることのできる深海魚もいます。 オニボウズギスは自分の何倍もある獲物を飲み込むことが可能で、腹部を異常に膨らませた状態で捕獲されることがあるようです。 また、メラニンなどの色素沈着によって、黒色化した腸管をもつ深海魚も珍しくありません。発光生物を捕食した際に、 消化管を透過した光が外敵を誘引することを回避しているものとみられます。継続的な捕食を行うことが難しい深海の環境では、エネルギーを効率的に蓄えることが課題となります。脂質は海水よりも比重が小さいため、肝臓に多量に脂肪分を蓄えることは浮力の確保にも貢献します。